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小綬鶏の事

 今朝早く小綬鶏の甲高い鳴き声で眼をさました。

 久しく鳴き声を聞くことが無かったので、もう野良猫に食いあらされて絶滅したかと思っていた。ここに引っ越した当初、親鳥が雛を連れて道路を横切って走り去ったのを見たことがある。あれから長い間姿は勿論、鳴き声も聞いたことが無かった。

 コジュケイは成長して巣離れしてからも、親のテリトリーに留まると聞いているが、繁殖期となれば、雄鳥は群れから離れて雌鳥を求めて移動することになる。

 小綬鶏は本来中国南部に住む雉類の1種で大正中期にわたってきた帰化鳥である。繁殖力は強く、東北寒冷地を除いて各地に生息していた。

 しかし生息地の林、草叢が宅地開発により少なくなり、その上僅かに残された林、草叢には捨てられた野良猫が多く、コジュケイの生息数は格段に少なくなった。

 幸いに若葉台団地は自然林が建物の間に多く点在しているので、野良猫が多い割りに彼等の生息が可能になっている。

 今朝鳴いていた雄鳥も雌鳥を求めて放浪の果てに我が家近くの大貫山にたどりついたのかも知れない。ご苦労なことである。

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我がポンコツ車の故障箇所は

 50歳になった歳から毎年欠かさず車検(人間ドック)を受けてきた。その間、部品交換することなく、これという大きな事故もおこさず、どうにかこうにか今日まで運転可能の状態を維持してきた。しかし経年とともに各部の部品損傷はなはだしく、さりとて骨董的古さでは交換できる部品も無く、現在の状態で長持ちさせるにはスロー運転のほかすべは無いと悟った。

 故障で一番寿命に影響があるには「エンジン」。オイルの回りが悪く、急発進するとエンストを起こす。こんなときはエンジンが冷めるまで待って始動するしかない。

 次は足回り、緩衝装置であるスプリング関係が弾力を失い、悪路を走るたびにお互いがぶつかりあってゴツンゴツン。乗ってるものはその度に痛い思いをする。

 その次はガソリンタンク、注入口からタンクまでもパイクに穴があき、時々逆流して苦い思いをする。その上タンクからエンジンへの送油間が細くなり、まだガソリンは残っているのに、断油状態となる。

 これが我がポンコツ図体の現状である。

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もう書く気力が失せました。

 2006年8月23日から当時の「愛ちゃん」ブームに乗っかって「僕も愛ちゃん」と名乗りを上げて書き始めたものの、あれから3年、よわいも80の半ばをむかえ、気力も大分衰えて「やろう、やらなければ」と思う意思はあっても、「イザ始めよう」となると何事も億劫になって一歩が踏み出せない。

 まだ「認知症」ではナイト思うが、ここの住人の先例から「何事も億劫のなってしまったよ」といった人が間もなく「認知症の兆候」が現れたのを数多く見ている。

 「億劫」とはやる意思は有るのに「心が萎えて体が動かない」状態をいうにであろうか。

 いろいろ自己反省しても、何の糸口も見出さない。まるで梅雨時の空模様に似ている。時々晴れたり、時々ドンヨリした鉛色の空にもなる。

 これが「平家物語」の冒頭にある「祇園精舎の鐘の声、生者必衰のことわりをあらわす」のことであろうか。

 このブログも「一人よがり」の内容に変えて、「ボケ防止」のためだけに取り留めなく続けて行くことにする。有名人でもないので、彼等のように自分の日常を掲載しても誰も興味を持ってくれない。

 日常生活を記載する「日記」なら非公表に設定すればよいが、それではますます書くのが億劫になる可能性があるから、従来どおり一応公開記事として、このブログを続けることにした。

 従って従来継続していた「若葉卓球クラブ練習日程」は出来れば掲載しますが、あまり当てにせず、会場に掲載されるプリントをご覧ください。

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民営化反対を明言した麻生が鳩山を切る

 事の発端は簡保保養所なでの売却問題、70数箇所の施設を1括107億円でオリックスの売却契約、専門家の査定ではそれの数倍の価値があると査定されていた。

 簡保保養所の運営は舞い実ともに親方日の丸、トップは支配人は1人、副支配人は1人で十分運営できると思うのが常識であるが、ところによっては4,5人の支配人が日地されていた。 また、職員の数はお客の数より多い。

 これで経営が成り立つわけがない。成り立たなければどこかで、その赤字分を補わなければならない。

 「足りないぶんは簡保保険の資金からおぎなえばよい」という親方日の丸の考えが先行し、経営合理化の意識など皆無である。

 一般社会の会社では毛頭考えら得ない感覚である。「足りなければ貰ってくればいいや」とはどら息子が親に金をせびると何ら変わりはない。

 昔から政商というものはあった。三井、三菱、住友の所謂旧財初は明治新政府の維新政治の乗っかって莫大な利益を上げ、その後、日清・日露の戦争での軍需物資で、またその後の支那事変(宣戦なき戦争)で兵器を含む軍需で莫大な利益を上げていた。(最終的には崩壊してが)

 三井・住友。三菱以外にも国の鉄道敷設の乗っかって枕木を一手に受注して財を成した菅原ツウサイ、陸軍の上層部にもぐりこんで儲けた児玉誉士夫、海軍に食いついて儲けた笹川良一(競艇会の親玉)、政商を挙げれば霧が無いが、オリックスの宮川社長もその部類である。

 政府所管(民営化されても株式は全額政府保有)の物件を想像をはるかに超えて安値で払い下げを受け、数年後払い下げ価額に数十倍んんんお価額で他に売却、これを濡れ手に粟と言わずしてなんといおう。

 幸いに鳩山総務大臣の認可権限でストップできたが、元凶の西川社長が続投するとなれば、1度あることは2度あるかもしれないから、当分監視が必要である。

 麻生総理も当初は西川社長更迭の意向であったが、小泉、竹中の反撃にあい、選挙前の麻生下ろしに抗しかね、遂に鳩山総務相を切った。

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